第125館 歴史上重要な役割を果たした萩藩の公館
2012年8月号 Vol.465
山口県防府市 英雲荘(えいうんそう)
歴史上重要な役割を果たした萩藩の公館
英雲荘は承応(じょうおう)3(1654)年、萩藩2代藩主である毛利綱広(つなひろ)によって「三田尻御茶屋(みたじりおちゃや)」として建てられた萩藩の公館で、瀬戸内海側における玄関口として、藩主の参勤交代や領内巡視時の休息施設、迎賓に使用されました。昭和14(1939)年、毛利家から山口県防府市に寄付され、晩年をこの地で過ごした7代藩主・毛利重就*しげたか*の法名から「英雲荘」と名づけられました。平成元(1989)年には、萩往還(はぎおうかん)関連遺跡三田尻御茶屋旧構内として国の史跡に指定されています。保存修理工事を終え、昨年9月から一般公開が始まりました。 建物内部は「玄関棟」「大観楼棟」「奥座敷棟」「台所棟」に分かれ、別に江戸表千家の祖である川上不白(かわかみふはく)が茶道修練のために考案した茶室「花月楼」があります。なかでも「大観楼棟」の部分は、現存する建物のうち最も古く、重要な役割を持ちます。かつては2階の南側から海が見え、眺望の美しさから「大観楼」と呼ばれました。文久3(1863)年、京都の改変で長州へ逃れた三条実美(さんじょうさねとみ)ら7人の公卿が三田尻御茶屋に約2カ月間滞在し、高杉晋作などが公卿と会談したと言われています。 注目すべきは建物内の照明器具や建具です。玄関棟、廊下、奥座敷棟のシャンデリアや、襖紙・引手金具・釘隠金物は毛利本邸に現存するものを参考に復元しています。各部屋の格や役割により、隣あった部屋でも細かいデザインが違います。特に襖は、模様替えのたびに上から貼り重ねられてきた襖紙を調べ、当初のものとわかる模様を復元しています。折紙、扇子、竹、獅子七宝模様など、手書きによる復元の技をお見逃しなく。また、大観楼棟の廊下を隔てる板戸に刻まれた、元禄時代の書家・三井親和(みついしんな)の書も大迫力です。 英雲荘の建物全体にただよう落ち着きや品、日本家屋の美しさはもちろんのこと、細かな部分にも凝らされた意匠を堪能してください。
▲中庭から見た大観楼棟
▲奥座敷棟の一間。襖の模様やシャンデリアにも注目を
ミュージアムメモ
所在地/ |
〒747−0819 山口県防府市お茶屋町10−21 |
電話/ |
0835−23−7276 |
交通/ |
JR防府駅より徒歩15分 |
開館時間/ |
午前9時30分〜午後4時30分(入場は午後4時まで) |
入場料/ |
大人300円、小・中学生150円 |
休館日/ |
毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日 |