第112館 戊辰戦争が引きおこした悲劇を伝える史料館
2011年6月号 Vol.451
福島県会津若松市 白虎隊(びゃっこたい)記念館
戊辰戦争が引きおこした悲劇を伝える史料館
江戸時代末期、大政奉還の後に新政府軍と旧幕府軍とが衝突した「鳥羽伏見の戦い」に端を発し、江戸・東北へと戦火が広がった戊辰戦争は、旧幕府勢力の有力藩であった会津にもおよびました。 白虎隊は、戊辰戦争の際に会津藩が組織した部隊のひとつですが、他の部隊とは異なり、その大部分が16〜17歳で構成され、13歳の年端のいかない子までいました。兵力と装備で圧倒的に劣る会津藩は、新政府軍に各防衛拠点で敗走しました。白虎隊も負傷者を抱えながら、会津・鶴ヶ城の北東の飯盛山(いいもりやま)に落ち延びましたが、そこから目撃した市中火災を落城と見誤り、総勢20人が自刃(うち1人が一命を取り留める)したとされる、有名なエピソードが残されています。元号が「明治」に改まる、わずか16日前のことでした。 この白虎隊の悲劇にまつわる史料を展示しているのが白虎隊記念館です。この史料館は、地元出身の弁護士・故早川喜代次によって、1956年に創立されましたが、水害によって一度は倒壊。その後、全国からの支援を受けて再開し、1984年には鉄筋コンクリート2階建てとなって、現在に至っています。 館内には白虎隊士にかかわる手紙や文献、自刃の際に使われた短刀のほか、当時の会津藩が使用していた鉄砲や新政府軍の大砲、会津藩とつながりのあった新撰組の遺品などの史料が所狭しと展示されています。 史料館のある飯盛山は白虎隊士自刃の地でもあり、隊士をはじめ、戊辰戦争時に死亡した武士などの墓と、それを慰霊する碑が建てられています。 原発事故の影響で観光客の減少が続く福島県ですが、5月の連休には多くの人たちが会津若松市を訪れ、史料館周辺にもにぎわいが戻り始めています。おりしも、江戸時代の姿と同じ赤瓦の外観への改修工事が完了したばかりの鶴ヶ城とあわせ、日本の近代化の過程に会津で起きた悲劇を綴ったこの史料館にも訪れてみてはいかがでしょうか。
▲白虎隊士が自刃した飯盛山のふもとに建っています
▲白虎隊士の慰霊碑の横に立つ像は鶴ヶ城を見据えています
ミュージアムメモ
所在地/ |
〒965−0003 福島県会津若松市一箕町大字八幡字弁天下33 |
交通/ |
磐越自動車道「会津若松」I.C.から約15分、JR磐越西線「会津若松」駅下車、周遊バス「あかべぇ」乗車5分 |
開館時間/ |
午前8時〜午後5時(4〜11月)、午前9時〜午後4時(12〜3月) |
休館日/ |
年中無休 |
入場料/ |
大人400円、高校生300円、小中生200円(団体割引有り) |
問い合わせ/ |
0242−24−9170 |
HP/ |
http://www.h3.dion.ne.jp/~byakko/ |