前 文
日本国憲法(以下「憲法」という)は、この国の主人公が国民であることを明らかにし、国民主権の原則をうたっています。
そして、人間としての尊厳と自由にもとづき、「健康で文化的な最低限度の生活」を送ることをはじめもろもろの基本的人権を保障しています。
憲法が保障するこれらの権利は、地域での人びとの暮らしと営みのなかにこそ具体的に保障されなければなりません。それは、すべての人びとが、地域で生まれ、育ち、地域で人間としての営みを行い、その人生をすごすからです。
ここに、憲法がその基本原則の一つとして地方自治の保障を掲げ、地方自治法が「住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること」を地方自治体の基本的責務とするゆえんがあり、地方自治の保障は、国民主権の原則を地域で具体化し、確立するものです。
しかしいま、憲法の国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和、議会制民主主義、地方自治の諸原則が脅かされ、突き崩されようとしています。
阪神・淡路大震災における大惨事の原因とその究明の怠慢、その後の被災者に対する個人補償拒否、HIV問題、0-157問題などにおける国民の生命軽視、年金をはじめとする社会保障制度のあいつぐ後退など、住民の暮らしや安全、基本的人権保障を顧みない政策の横行が目にあまる一方、規制緩和、大型公共投資など大企業の権益確保、ゼネコン型大規模開発のために、地方自治体の行政・財政を総動員する方向がすすめられています。
また、住民自治の拡充と反する市町村の広域的再編もすすめられようとしています。沖縄に見られるように、米軍基地の存在は、国の主権と地方自治を、そして住民の基本的人権をも踏みにじるものです。
こうした状況のもとでも少なくない地方自治体が、さまざまな障害と困難をかかえながらも住民の暮らしと権利、地域の民主的振興のために努力しています。しかし、多くの自治体が今日の国と地方をつなぐ行財政制度とさまざまな仕組みのなかで国の政策に動員され、追随している結果、地域と地域経済の荒廃が進行し、また、福祉、医療、公衆衛生、教育など国民の生存権をはじめとする基本的人権が脅かされています。これらの事態は、地方自治の原則と住民生活擁護という地方自治体の責務に反するものです。
それだけに、住民が主人公の地方自治とその原則を貫く民主的自治体を確立することがいまほど多くの人びとの願いになっているときはありません。
戦前、大日本帝国憲法には地方自治の規定はありませんでした。そのもとでの府県・市町村は、天皇制政府と軍国主義体制の末端機関として、国民への支配と抑圧を強め、侵略戦争への道に国民を動員したという悔恨と痛苦の歴史をもっています。
戦後、こうした歴史の反省のうえにたって憲法は、主権在民、基本的人権の保障、恒久平和、議会制民主主義とともに、地方自治の原則を確立したのです。
憲法とともに生まれた戦後の地方自治は、人権を守り、民主主義をめざすたたかいのなかで、日本の平和と民主主義、国民生活擁護の運動の前進に大きく貢献してきました。1960年代後半からの革新自治体の経験は、「住民が主人公の地方自治」が住民の暮らしの向上や男女平等の促進などの人権擁護、地域の民主的発展に大きな役割を果たすことをしめしました。
いまこそ、「住民の住民による住民のための政治」という住民自治の原則が尊重されなければなりません。また、国と地方自治体のあいだに、民主的な協力共同の関係が確立されなければなりません。
地方自治の原則は、憲法の民主的平和的原則が政治・経済・社会のあらゆる分野に貫かれることによって達成・確立されます。国政の民主的改革と地方自治の民主的発展は、車の両輪として一体のものといえます。
21世紀を目前にひかえて、国際社会は、「武力紛争のない平和な社会」「持続的な発展を可能とする環境重視型社会」「国民主権にもとづく民主的な社会」「基本的人権が保障される差別のない社会」「国際的な経済民主主義の実現による貧困の克服」「全ての女性の平等、開発への完全な参加」などを人類の共通の課題としています。
日本でもまた、「核も基地もない平和な国土を」「みどり豊かで、安全で安心してくらせる地域を」「生き生きとした地域と地域経済の民主的発展を」「すべての人びとに基本的人権を保障する豊かな高齢社会を」「男女平等、女性の地位向上」という願いにもとづく地域からの住民共同が力強く前進しようとしています。
いま、憲法・地方自治法50年をむかえて、住民参加制度の拡充に見られるように、地方自治の新たな発展と民主的自治体の確立への前進が開始されています。憲法と地方自治の民主的原則の花ひらく21世紀を切り開くために、すべての職場と地域での暮らし・人権・平和を中心とした「憲法と地方自治擁護」の国民的共同のいっそう大きな前進が求められています。
よって私たちは、日本国憲法の平和的民主的諸原則の先駆性、普遍性および国際性を発展させ、21世紀を地方自治の時代にするため、ここに地方自治憲章を宣言します。
(基本的人権と地方自治)
第一条 すべての住民は、その生活する地域において、人間として尊重され、平和的に生きる権利、健康で文化的な生活を営む権利など、いっさいの基本的人権を有する。
(2)地方自治体は、不断の努力によって、憲法で保障されている基本的人権を実現していくように努めなければならない。
(3)地方自治体は、住民の生命、財産、健康、福祉などにかかわる公的保障の責任を果たし、かつその水準をつねに向上させていくように努めなければならない。
(住民自治の原則)
第二条 憲法が「地方自治の本旨」として規定し、また、国際的にも確認されているように、地方自治の主人公は、住民である。
(2)地方自治体の長、議会および職員は、憲法の原則にもとづき、住民自治の原則を尊重し、それを行政のあらゆる場において実現していくように努めなければならない。
(3)地方自治体は、憲法および地方自治法の定める選挙権、被選挙権、直接請求権、請願権などの住民の権利を尊重するとともに、住民投票などをふくむ多様な住民参加の実現に努力しなければならない。
(4)住民に対する情報の公開は、住民が地方自治の主人公となる前提条件として、最大限保障されなければならない。
(住民の暮らしと地方自治体の施策)
第三条 地方自治体は、住民の基本的人権を保障するために、福祉・医療・公衆衛生の充実、子どもたちの健やかな発達の確保と教育・文化・スポーツ施策の充実、国土・地域の安全・防災と快適な環境の保持、住民主体のまちづくり、地域産業・地域経済の振興、地域における男女平等の実現、豊かで安心できる高齢期保障の充実、軍事基地のない平和な地域の実現、民主的エネルギー政策の実現、その他必要な行政施策の実現のために、不断に努力する。
(2)前項の施策を実現するために、地方自治体は、住民の総意にもとづいて、団体自治を貫き、国にナショナルミニマムの拡充、必要な法制度の整備、情報の提供、財源の保障など必要な施策を講じることを求めるとともに、みずからの施策を提起する。
(長、議会および職員の責務)
第四条 地方自治体の長は、憲法の地方自治の原則を尊重し、住民自治の原則にもとづいて、多様な住民参加による行政の活性化と、職員の創意の発揮にもとづく行政水準の向上に努める。
(2)地方議会は、地方自治体における議事機関として、住民自治の原則にもとづいてその責務を果たさなければならない。地方議員は、住民と議会を結ぶとともに、住民が多様な参加を通じて地方自治を前進させるために、適切な役割を果たすことが重要である。
(3)職員は、住民に奉仕すべき職務を自覚し、住民の暮らしと人権を守るための行政の実現と、住民が主人公になっていくための施策の実現に努力しなければならない。そのためにも、職員の身分、労働条件、市民的・政治的自由などにかかわる諸権利が保障されなければならない。
(自治権の拡充)
第五条 地方自治体の自治権の拡充は、住民自治の原則に深く根ざし、国政および地方政治をふくむ日本の民主主義の発展にとって重要な意義を有する。
(2)国および地方自治体は、事務・権限の民主的再配分、関連する法令の改正や非民主的な関与の改善などにより、地方自治体の自治権の拡充に努める。
(3)地方自治体の自治権の拡充には、それにともなう財源が保障されなければならない。国および地方自治体は、地方自治体の財源保障と自主財政の確立に努力する。
(4)地方自治体は、住民の総意にもとづいて、住民の暮らしと人権を守る立場から、自主的な決定とそれを公正に遂行しうる能力を高めるために不断に努力する。
(国政の改革と地方自治)
第六条 地方自治体における住民の暮らしと人権を守るための諸施策の充実は、同時に国民本位の国政を実現することにつながっている。住民および地方自治体は、国政に対して多様な方法による発言・提言の権利を行使し、それをいっそう拡充する。
(2)国が不当な理由によって地方自治体の自治権を侵害しようとする場合、またはそれにつながる地方自治制度の改変をしようとする場合には、住民および地方自治体は、これに抵抗し、住民自治を守る立場から発言・提言・行動する権利を有する。
(住民の責務)
第七条 住民は、地方自治の主人公として、その権利を行使し、かつあらゆる可能な機会に行政に参加し、地方自治の擁護・発展のためにみずからその自治能力を高めていく責務を有する。
(地方自治憲章)
第八条 この憲章は、地方自治の前進をめざす人びとおよび諸組織の運動と地方自治体の実践を通じて検証され、国民的共同の討論によって将来にわたり発展させられるものである。 |