〔9〕能を続けてこられたのはコミュニティが楽しくて
2015年1月号 Vol.494
能を続けてこられたのはコミュニティが楽しくて
京都府職労 溝前(みぞまえ) 元嗣(もとつぐ)さん
▲自宅に造った稽古場で舞う溝前さん
2014年8月に京都市内で開催された「自治労連第36回定期大会」。初日の歓迎行事として祝言の謡曲『高砂(たかさご)』を舞ってくださったのは、京都府の青少年課で働く能楽シテ方金剛流(こんごうりゅう)師範の溝前元嗣さん。
能にはまったきっかけは中学時代のクラブ活動でした。「テニス部をやめたばかりの私に顧問の先生が声をかけてきた。能なんてもちろん知りませんでした。チャンバラしたり、クモの糸を投げたりする曲ばかり舞っていました」
溝前さんが感じる能のおもしろさは、表情を変えたり、リアルな仕草をしてはいけない能で、感情をどう表現するのかというところ。「たとえば泣く時は片手で目のあたりを覆うだけですが、手の持っていき方、身体の曲げ方など、全身を使って表現します。一見単純な動作ですが、名人が舞うと本当に感情が伝わってくるようです」
現在、溝前さんは、インターンのような立場で稽古に通いながら、師匠の会で地謡(じうたい)(能のバックコーラス)として出演したり、若い人向けの能楽鑑賞ワークショップなどを担当しています。「能って何を言っているのか、どこがおもしろいのかわからない」と思っている青少年に、演目の解説や能装束を付けるところの見学などを通して、少しでも興味を持ってもらえればと考えています。
「能がめっちゃ好きと言うよりも、師匠の人柄や弟子仲間の雰囲気が好きなんです。学生時代のクラブ活動も上手下手は関係なく、気の合う仲間たちとまったりやらせてもらっていました。そういうコミュニティが楽しかったから続けてこられたと思います」。さらに「大学時代は年2回ほど女子大との合宿がありまして。ずっと男子校だったから衝撃的でした。そんな不純なきっかけでやる気を出していました」と本音も。
そんな溝前さんもひとたび舞台に立つと、顔つきがガラリと変わり、颯爽と舞を舞います。「若い時は派手に目立ちたいという思いがあったけれど、今は長期熟成して技術を高めたいという思いです。退職したらプロの能楽師としてデビューしたい。遅咲きのルーキーですわ」と笑います。
溝前さん、これからも人生という名の檜舞台で舞い続けてください。
▲自治労連第36回定期大会(2014年8月24日)で歓迎の舞『高砂』を披露