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〈短期連載①〉考えよう戦後被爆80年 私たちの仕事と役割

[原水爆禁止運動] 戦争と核実験・核兵器の過ち繰り返さない

▲3・1ビキニで被曝した久保山愛吉さんの慰霊に多くの人が集まりました

戦後・被爆から80年。戦争や平和、憲法と地方自治の歴史と現状を振り返り、各地のとりくみを紹介しながら、私たちの仕事と役割についてあらためて考えます。(全5回予定)

昨年、日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞を受賞しました。いま国際緊張が高まるなか、平和と核兵器廃絶を求める運動が評価された歴史的な快挙です。

核兵器のない平和な世界をつくることは世界の流れであり、人類の大きな願いです。

1945年の第二次世界大戦終結後、アメリカとソビエトによる冷戦構造と各国の核兵器開発競争が激しくなるもとで、核兵器廃絶や原水爆実験の禁止を求める声が高まって広がりました。

とくに1954年の3月1日、南太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁におけるアメリカの水爆実験で多くの島民や漁船が被曝しました。マグロ漁船の船員で被曝した久保山愛吉さんは「原水爆による被害者は、わたしを最後にして下さい」と遺言。広島・長崎の原爆を経験した国民にとって大きな衝撃となり、東京・杉並区から始まった署名運動が原水爆禁止運動のきっかけとされています。私たち自治体労働者や労働組合も当時から「戦争や核兵器があっては安心して働けない」と運動に参加してきました。

労働組合として「反核ライダー」や「反核平和マラソン」、「反核へんろ」などが各地でとりくまれ、「私たちに当たり前の平和があることの大切さ」を考えるきっかけにしています。戦後・被爆80年の節目である今年、さらに国内外で核兵器禁止の流れを強め、5月から始まる国民平和大行進と8月の原水爆禁止世界大会、「自治体労働者平和のつどい」も大きく成功させましょう。