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第3景 『泥の河』の舞台となった地

いいとこよりみち発見伝2014年6月号 Vol.487

文学碑、船、橋、川から戦後の大阪に思いを馳せる

『泥の河』の舞台となった地

大阪市西区土佐堀
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▲湊橋から見た土佐堀川に係留中のぽんぽん船。右奥に見えるのが昭和橋

大阪市営地下鉄「阿波座」駅から10分ほど歩くと、湊橋、上船津橋、船津橋、端建蔵橋(はたてくらばし)、昭和橋など多くの橋がかかっています。湊橋の下を流れるのは土佐堀川、上船津橋は堂島川。その2つの川が合流し、安治川と名前を変えて船津橋と端建蔵橋の下を流れ、大阪湾に下っていきます。

これらの橋や川は、宮本輝の小説『泥の河』に登場します。昭和30年の大阪を舞台にしたこの作品で、宮本輝は1977年に第13回太宰治賞を受賞しデビュー、1981年には小栗康平監督により映画化されました。

『泥の河』では、主人公の少年・信雄と友だちになる「きっちゃん」(喜一)と、家族の住む舟が湊橋の下に停泊していました。その湊橋のたもとに『泥の河』の文学碑があります。これは水都大阪のとりくみである「川の駅」活性化の一環として2011年6月に建てられたもの。文学碑には「小説『泥の河』舞台の地」とあり、小説の一節が書かれています。湊橋の上から土佐堀川をのぞいてみると、ぽんぽん船が何艘もつなぎとめられています。脇の船着場には「かき小屋オープン」ののぼりが何本も見えました。また「落語家と行くなにわ探検クルーズ」や『泥の河』の舞台を船でめぐるイベントなど、水都探索として船上からの大阪観光も人気です。

湊橋に続き上船津橋を渡ると、近くに大阪市中央卸売市場があり、荷物を積んだトラックやコンテナ車が頻繁に通っていました。市場の南側は安治川に沿って緑道が整備され、川面に近いため風が気持ちいいです。

安治川と土佐堀川をつなぐのが船津橋。『泥の河』の冒頭では、ここで男が荷車に轢かれて亡くなってしまいます。やっとの思いで戦争から生きて帰った男のあっけない事故死に、田村高廣演じる信雄の父親が嘆く場面が印象に残っています。続いて架かる端建蔵橋は信雄の家であるうどん屋があった場所。土佐堀川の三方を囲むように架かる湊橋・端建蔵橋・昭和橋のうち、昭和橋だけ表示板が右から書かれているのが不思議です。

昭和橋を渡りきると文学碑の場所に戻ります。文学碑の上には阪神高速3号神戸線が走り、周辺の建物はコンクリートで固められ、当時とは雰囲気が大きく変わっています。文学碑の前に立ちながら、戦争の傷跡を大きく残した『泥の河』の時代に思いを馳せ、昔のままに存在する橋や川に平和への祈りを込めました。

よりみちメモ
【『泥の河』文学碑】
交通/大阪市営地下鉄中央線・千日前線「阿波座」駅より徒歩約10分、
湊橋南詰(大阪市西区土佐堀3丁目5)に建立

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▲『泥の河』文学碑。小説冒頭の一節が書かれています