水循環基本法の施行と総合的水計画への政策反映について
自治労連公営企業評議会は、「水循環基本法」の成立にともない、今後、進められる水政策・計画に対し水行政に関わる労働者として積極的な意見反映をおこなっていくため、「水循環基本法の施行と総合的水計画への政策反映について」を取りまとめ広く呼びかけました。全文を掲載します。
水循環基本法の施行と総合的水計画への政策反映について
2015年1月26日
自治労連公営企業評議会
はじめに
2014年3月27日水循環基本法(以下、水循環法という)が衆議院本会議で全会一致により可決、成立しました。(参院は3月20日の本会議で先議)
私達、自治労連公営企業評議会(以下、公企評)は前身であるナショナルセンター問題を考える自治体関係懇談会・公企部会の当時から、多くの省庁にまたがる縦割りの水行政を「ヤマタノオロチ」と批判し、水行政の一元化、水の公共性、無用なダム開発などによる水循環・水環境の破壊防止などを掲げ、法整備と監督官庁の創設を求めてきました。
このたび、長年の関係者の努力により水循環基本法が成立したことは、たいへん喜ばしいことと考えています。
水循環法は7月1日施行(6月20日閣議決定)され、今後、「水の憲法」と称されるこの法律に基づき、具体的な計画・予算措置・法改正などが行われていくであろうと思われます。
水循環法が、人類共通の財産である水の公共性を保ち、健全な水循環の維持・回復させるため実効ある力を発揮するには、国民と水循環に携わる様々な人々が、さまざまな働きかけを続けることが欠かせません。
ここに公企評として、水循環法に対する建設的な立場での見解および今後の水政策についての考え方を示すものです。
なお、水循環政策本部は2015年夏までの早い時期に「水循環基本計画」を閣議決定するスケジュールを発表(7月18日)し、本年3月には原案のパブリックコメントを行なうとしていますので、私たちとしてもパブリックコメントにむけ積極的に係わって行く所存です。
1 「国民共有の貴重な財産」と位置付けられた「水」
水は水循環法において、「国民共有の貴重な財産」と位置付けられました。水循環法が水の憲法であるとすれば、日本国憲法第9条が世界に誇るべき条文であるように、憲法の下での生存権を保障するために「水は公共性の高いもの」と明記したことは画期的と言えます。
そして水循環法は、健全な水循環の「回復」をうたっています。この表現は逆に健全な水循環が失われたことを示していますが、国会での審議の中ではその原因と結果について深く掘り下げられてはいません。
また、水循環法の前文では、世界的な水環境の悪化に触れていますが、これは経済活動を優先した人の営みによって引き起こされていることを思い起こす必要があります。日本においても、高度成長・都市集中化政策の中で健全なる水循環が壊され、地下水の枯渇、ダム・河口堰建設による河川環境の悪化、沿岸部埋め立てによる干潟消失、工業・生活排水による水質悪化などなど都市生活を優先した開発を行い、環境問題をはじめ深刻な事態を招きました。
さらに、日本も含めた先進各国は、食糧、工業原料・製品などを通じて、大量に間接的な水の消費をつづけています。日本経済の発展も、こうした他国の水の恩恵がなければなかったものです。
日本における、その仮想投入水総輸入量は640億㎥/年(2000年データ・総合地球環境学研究所)という膨大な量であり、これが水循環法の理念に「人類共通課題」として明記されるに至った理由です。
水循環法は、こうした経済活動優先、建設投資優先の政策を反省の中で、水との関わりかたを改めるための責務を負わされたものと考えています。
水循環の回復とは自然の回復に他ならず、本来、自然と調和した水利用とは「無理なく水を得られ、浄化して返すことができる範囲で利用しなければ、持続可能な社会は構築できない」ということではないでしょうか。
したがって、これまでの施策が水循環にどのような影響を与えたかを、まず検証し、その反省をもって自然と調和のとれた持続可能な社会を再構築していくための施策が創られていくものと期待します。
2 水を利益の対象としない
公企評は水循環法の理念に「水を利益の対象としない」ことを明確に盛り込むことを訴えてきました。
水循環法は「水が国民共有の貴重な財産であり公共性の高いものである」とし、「全ての国民がその恵沢を将来にわたって享受できること」を基本理念にあげています。この理念は、水が憲法の生存権に関わることを改めて示すものです。
しかし、水循環法を歓迎する人たちの中にも、水行政の一元化という名のもとに水の利権を集中化し、第21条「国際的な連携の確保及び国際協力の推進」をもって水ビジネスの展開を計ると主張する論調があります。
公企評は、この条文の趣旨を「健全な水循環」のための国際的な連携、協力であって「水循環に国境はない」という意味と解釈されるべきと考えます。「国際協力・国際的協調」(International cooperation)をいつの間にか「水ビジネス・商売」(Water business)に置き換え、国が率先して水を利益の対象にしようと目論む企業に援助をすることは、多くの発展途上国において貧困層から命の水を奪った水ビジネスに加担するものであり問題です。
3 土地所有者の責務について
今回成立した水循環法は、国(4条)、地方自治体(5条)、事業者(6条)、国民(7条)の責務は規定しているものの、「土地所有者」の責務についてはふれていません。「国民は、水の利用に当たっては、健全な水循環への配慮に努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する水循環に関する施策に協力するよう努めなければならない。」(第7条)としていますが、「国民」=「土地所有者」とは限りません。
土地所有者に対して水源地の善良なる管理を求めることは、健全なる水循環を成し遂げるため必要な措置であり、農林業が衰退をする中で個人所有の水源地の管理が困難を極めている状況も、土地所有者の責務が明記されてこそ公的な支援が可能となるものと考えます。
この条文のほか、民法上は「私水」として扱われている地下水を水循環の中に含め「国民共有の貴重な財産」と位置付けられたことから、自民党などはこれをもって中国などを視野においた海外資本に対する対策ができるなどとの主張を前面に出しています。
しかし、国土交通省は2013年8月、「不動産市場における国際展開戦略」を公表し、我が国の持続的な成長のために、海外投資家による投資を進め、不動産市場を活性化させていく方針を打ち出しています。この「戦略」と水循環法によって「外資から水源をまもる」との主張は矛盾しています。国内資本による地下水汲み上げの問題を棚上げにして、海外資本の規制だけを主張することに対し疑問視する声も多く出されています。水源地管理問題をナショナリズムの扇動に使おうとする主張は、水循環法の精神とは相いれません。
廃案となった「地下水利用法案」においては、総合管理がなされるまでの緊急措置であることを前提(第1条)としながらも「指定地域」においての規制(第3条)についても触れています。附則(第2条)ではさらに踏み込んだ表現がされ、「国は、地下水が、その存する土地の所有権に基づき自由に利用されるべきものではなく、国民共通の貴重な財産であって、公共の利益に最大限に沿うように利用されるべき資源であるとの観点から、地下水の利用に対する規制の在り方について、速やかに、総合的な検討を加え、その結果に基づいて法制の整備その他の必要な措置を講ずるものとする」とされています。
大切な事は、水源地における無秩序な開発への対応や水源林の管理などを、自治体が様々な知恵を出し実践していることを、国が総合的な法整備を行い財政面も含めた支援をすることではないかと考えます。
4 再び無秩序化している地下水利用などへの規制の必要性
都市での地下水問題については特質な事例が起きています。大規模商業施設などで地下水を汲み上げ浄化して供給する施設が増え、水道事業者にとっては大口需要者が減るという状況です。地下水を利用した専用水道の設置者は経済性と緊急時の対応をその理由としています。
しかし、この事例の拡大は高度成長期に地下水汲み上げによる地盤沈下や河川の自流水の減少など、環境問題を解決するために汲み上げ規制が行われ、また公的管理である水道事業や工業用水道事業による供給に転換された歴史を否定する状況を作り出す可能性があります。
5 農林業政策や下水道政策、河川管理などを総合的に位置付けた水循環を
私達は水循環法の精神には、農林水産業や下水道事業が位置付けられていないとは考えてはいません。
しかし、従来のダム政策・大規模都市下水道・コンクリート堤防によって河川を「排水路」とみなした政策では健全な水循環の回復は望めませんから、総合的な施策の拡充を要求するものです。
水田には自然と調和した人の営みにおける保水能力があり、山村から都市近郊まで健全な農地が形成されることは水循環には重要です。水田の減少は、近年たびたび起こるゲリラ豪雨や小規模河川氾濫などの水害とも無縁とは言えず、「田んぼダム」などの活用でダムや河川整備だけに頼らない総合的な水環境の整備が求められます。
TPPを始めとした国内農業を競争、衰退させる政策を改め、国産農産物の安定に結び付く政策、緑のダムと呼ばれる水源林を広げるためにも林業振興に対する政策も健全な水循環の回復にも寄与するものとして総合的基本計画の中に盛り込まれるべきです。
下水に含まれる資源・熱の回収に努め環境に放出する負荷を減らすことや、都市下水道重視ではなく地域特性に合わせた排水処理施設を設置し、身近なところでの水循環(リサイクル)に務め、河川敷などの生物による水の浄化の回復を促進するなど様々な施策を試みることが求められています。
6 流域の住民意見の反映について
水循環法では「国及び地方公共団体は、流域の管理に関する施策に地域の住民の意見が反映されるように、必要な措置を講ずるものとする」と謳われています。
私達は、従来まで住民の意見が決して反映できるような状況ではなかったダム建設や水利権などに対して、住民の意見が反映できる実効的な組織やシステムが構築できることが重要であると考えます。
たとえば地方自治法上の「広域連合」の位置付けに依拠する組織であるとすれば、国や都道府県の権限・事務の委任も可能となりますが、どのようなシステムが望ましいのか住民と地方自治体、事業体などの今後の合意形成が必要です。
7 施策の推進体制としての水循環政策本部の問題点について
水循環法では 水循環に関する施策を集中的かつ総合的に推進するため、「内閣に、水循環政策本部を置く」と定められており、今回、この事務局は国土交通省が担うこととなりました。
水循環政策本部の性格は今後の方向性を占うものであり、ダム建設などで「健全なる水循環」を阻害してきた国土交通省が事務局となったことは、決して良い方向に向かっているとは考えられません。施策の具体化を盛り込む「水循環基本計画」は本年夏までに成案が予定されており、これに対する働きかけが今後必要となってきます。
総合的な水循環を考える基本計画作成は、水に関わる各省庁が協働して携わるべきであり、これからの水行政を方向づける基本計画を、短期間で閣議決定するスケジュールではなく、まず国民に水循環法の理念・趣旨を浸透させるとともに、流域自治体が独自で実施してきた先進的取り組みの検証を行った上で、健全な水循環を回復させる機運の中で作成されることで、法の理念に沿った基本計画ができるものと公企評は考えます。
最後に
自治労連公営企業評議会は、水循環法の理念を支持し、今後、進められる水政策・計画に対して水行政に関わる労働者として積極的に意見反映のための運動を展開し、地域住民とともに健全な水循環の維持・回復にむけ、また、水循環法成立後の施策・制度について理念に基づいた運用がされるよう努力を続けます。